iPadにFlashが載らない意味
iPadにFlashが載らない事が判明し、方々で非難の嵐が吹き荒れている。さて、何故AppleはFlashをiPhoneやiPadに載せるのを執拗に嫌がるのだろう?
webプラットフォーム争奪戦、その勝者
少し昔話を。昔からブラウザと言うのは互いに足の引っ張り合いをしてきた。MSはHTMLの解釈を捻じ曲げ、「IEでしか動かないサイト」を増やすことでIEのシェアを維持し、また仕様を自分たちに都合のいい方向に力技で誘導してきた。その結果の弊害として、HTML+CSS+JavaScriptでリッチ・コンテンツを提供するのは事実上不可能になった。MSはActiveXを使ってWindows/IEのシェアを磐石なものにしようと画策したが、予想外のところから伏兵が現れた。アニメーション・ツールだったはずのFlashがインタラクティブなアニメーション作成ツールになり、そしてリッチなインターフェイス作成用のツールとしてさらに進化、シェアを伸ばしたのだ。
Adobeはブラウザを持たないので、すべてのブラウザで動作させることができる。サイト毎のインストールが必要なActiveXと違い、Flash Playerは一度インストールすれば全サイトで使える。何より、Flash Player内ではブラウザ間の依存性について気にしなくて済む(厳密にはそこまで甘くないが、かなり楽なのは事実)。動画だって音声だって余裕で扱える。あっという間に、web上のリッチコンテンツはFlashの独壇場になり、Flashプレイヤーのインストール率が、IEのシェアよりも高い、という事態に陥った。標準であるはずのHTML+JavaScriptでサイトを作るより、1プラグインに過ぎないFlashで作るほうがリーチが広いのである。
IE脅威論を唱えていた識者は多かったが、Flash Playerがここまでの勢力に伸びるとは誰も思っていなかった。戦争の最前線、差別化要因であるリッチコンテンツを、突然出現した独立国Adobeに抑えられてしまい、IE王国とAppleやMozillaなどの諸侯は強制的に休戦に入る。これが、私の目から見たブラウザ戦争の流れである。
HTML5では、Flashに比べ遜色ないアプリケーションが構築できる
さて。現在仕様が考えられているHTML5は、Ajaxアプリケーション全盛期である情勢を反映して、現在のwebアプリとは比較にならないレベルのアプリケーションが作成できるようなものになっている。YouTubeプレイヤーどころかニコニコ動画プレイヤーだって作れる。さらにローカルにデータを保存できるからオフラインでも使用可能だし、3Dだって音声だって使えるのでゲームも作れる。GoogleDocs、Gmailなど、web2.0アプリの文脈から出現したHTML5は、今まで通りの使命「セマンティック・ウェブの実現」に加え「webアプリケーションを容易に作成可能にする」「webアプリケーションとクライアント・アプリケーションの垣根を取り去り、すべてをwebに集約する」という側面も持つ。
HTML5が普及しきれば、Flashは不要になる。
iPadユーザーはネットゲームの70%、ウェブ動画の75%はじめ、ウェブコンテンツは十全に楽しむことができない
なんていうのは、過渡期だけの話なのだ。
GoogleとApple、パブリックエネミーAdobe
理由は後に回すとして、現実として「Flashが不要になる未来」は、iPhoneに一足先に訪れる。
AppleはHTML5を強力に推進している。HTML5はCanvas3Dで3Dグラフィックを扱う事ができるのだが、これが現在最速で動くのは、iPhone上のSafariである(スペックの分iPadの方が速いはずだが、iPadは知らないのでパス)。また、iPhone用に最適化されたサイトは基本的に0から作らないといけないので、既存のFlash資産に足を引っ張られない。
AppleがMSと同じ戦略を取るのであれば、これからHTML5を独自拡張しまくって(orバグを埋め込みまくって)他社のブラウザが追従不可能になるようにする手もある。が、これだとiPhone=モバイルインターネット世界は握れても、PC世界でIEのシェアを脅かすのが困難になる。IEに加え、Google Chromeも脅威として加わる。下手に独自拡張を重ねて、GoogleのサービスがSafariでは動かなくなってしまうと、Appleにとって大きな打撃になる。
HTML5標準とともに歩むことで、「標準に準拠せよ」という大義名分でIEにプレッシャーを与えつつ、Googleと協調路線を歩く事ができる。Googleの戦略は全ブラウザで動くwebサービスを作る事であり、従ってもっとも標準化を望むのがGoogleなのだ。Googleの狙いはwebサービスとしてのシェアであり、ブラウザシェアは副次的なものに過ぎない。MSがIEを中心に戦ったのとは違って、GoogleはChromeを中心に戦う気はない。Googleの主戦場は「ネットの向こう側」なので、ここに多くを割く事はできない。
という事で、GoogleとAppleがHTML5を通して手を組み、標準化の名の下にFlash=Adobeをパブリックエネミー認定、まずはモバイルインターネットの世界からFlash Playerを駆逐し、そのうち他のデバイスからも…という構図ができてくる。
AppleがFlashを駆逐する意味
さて、先送りしたAppleがFlashを駆逐する理由にいこう。一言で言うと、Flash Playerが不要になる事である。
Appleがもっとも得意なのは「エクスペリエンスを作る」事。つまり、ハードとソフト両面を含んだ、トータルなサービスを提供する事。Appleは今後もiPadのように様々なハードウェアへ進出していく事が考えられる。そんな時、リッチ・コンテンツがAdobeに抑えられていると、いちいちその顔色伺いをしながらハードウェアを作らなければいけない。「Flashが動かないから***なんて使えねぇよ」という状況がいつまでも続かれると困るのである。
(ゲーム機を見ると分かりやすい。PS3やWiiはFlashさえなければインターネット閲覧端末として比較的いい線行っているし、DSiもFlashさえなければもう少し使い勝手のいいハードになっていたはずだ)
HTML5であれば標準化されているので、自前で勝手に対応する事ができる。iPhoneでwebページを見た時の使いやすさを考えると分かる。Flashで作られたサイトは、サイト作成者に制御を必要以上に持っていかれてしまうので、Apple側でインターフェイスを制御できないのだ。Appleは、あらゆるデバイスで共通なものをHTML5で、デバイスに依存するものをApp Storeで、という感じで住み分ける未来図を描いているのではないだろうか。