電子メディアは縦横に縛られない

人間工学的に縦横どちらが良い、という事に関して見識がある方はフォローアップお願いします。TBとかで。

まとめ

縦書きで育った世代は、横書きの文書を読む際に余計な負担がかかる。横書きで育った世代は逆に縦書きに疲れを感じるはず。
電子メディアは横書きである事が多いが、これには必然性は無い。電子データに記述方向は無い。
実際、縦書きの電子ブックリーダ、ブラウザ、テキストエディタなども開発されている。横書きが支配的なのは英語圏との整合性のため。
読む人にとって読みやすい方向を選択できるインターフェイスの誕生が待たれる。
もしかしたら、人間にとって理想的な向きというのがあるのかもしれない。知っている方がいればフォローをお願いしたい。

では、なぜ読むと疲れるのか。それがずっと分からなかったのだが、ついさっき気づいた。
「横書き」が原因だ!!

横書きの文書を読む際に疲れるのは、多分縦書きの文章に慣れているからだろう。仮に書籍の多くが横書きになったとすれば、縦書きのほうに苦痛を感じるようになる可能性は高い。恐らく、どちらに慣れているかと言う問題なのだろう。

ねっころがって本を読む時、うつぶせの体制だと首は左側をいつも向く。この姿勢で読む時には縦書きでないと無理だ。首が傾いているから本をそう読むようになったのか、本をそう読むようになったから首が傾くようになったのかは「にわたま」だが、とにかく私的解剖学的にはそうなってしまっている。

電子メディアは横書きである事が多いが、これには実は必然性は無い。電子データそのものに記述方向があるわけではないので、縦だろうと横だろうと好きな順序で並べる事が可能である。
横書きが支配的なのは、元々は英語圏との整合性のためだろう。PCやソフトウェアなど、殆どのIT環境は米国発祥であり、日本に来ているのはそのローカライズver.なので、横書きのままにしてあるのだろう。そういった環境が当たり前になれば、後発のソフトウェアやデバイスも整合性のために横書きを選択せざるを得ない。また、国際化を考える際も、どちらかに統一されていたほうがデザインなどの関係上都合がよいのだろう。

一つ確かなのは、すでに出版の現場においても「紙に落とす」のはもう最終段階になっているということ。作家がワープロで書いたものをmailのやりとりで推敲して、ゲラはPDFで確認するというのが未来ではなく現代の常識になっている。だから最終段階前に売り上げが立つようなしくみは誰にとっても悪いことではないはずだ。

CSSなどの普及によって、情報と見た目の分離、という考え方は一定の市民権を得てきたように思う。この考えがこのまま進んでいけば、最終的には発信側は文字情報だけを提供して、受け手が文字方向を含む表現方法を選ぶ事が出来る時代になるのだろう(例えば、ブログやニュースをRSSで取得し、縦書き表示するリーダーをイメージすると分かりやすい)。
この「先」の可能性については次の項で触れる。

(慣れの問題、と本文では書いたが、もしかしたら眼球の動作や首の動きなどの観点から、人間工学的に理想的な向きというのがあるのかもしれない。知っている方がいたらフォローをお願いします。)